2017年大学入試センター試験問題



倫理 解答 第3問 問1~5正解

第 3 問
次の文章を読み、下の問い(問1 ~ 9)に答えよ。(配点 24)

 

日本では、広く外来の思想や文化が受容されてきたが、人々はそこからさらに、自国にとどまらず、他国とも共有し得る様々な思索を展開し、新たな知見を生み出してきた。ここではそうした先人たちの思想的営みを振り返ってみよう。6 世紀ころに a 伝来した仏教 は、奈良時代には、朝廷のもとで国家を鎮護するという役割を担っていた。平安時代になると、 b 誰もが仏になれるという考え に基づき個人の救済が重視されるようになった。こうしたなかで、源信は『往生要集』を著し、外来の数多くの仏典に依拠しつつ、地獄や極楽の様相を描き出し、浄土への往生を説く教えこそがすべての人にとってふさわしいと論じた。『往生要集』は宋にも伝えられたがそうした動きには、仏法のもとではすべての人が平等であるとし、 c 万人の救済 を願う源信の考えも影響を与えていた。江戸時代には、世界や人間のあり方を体系的に説いた d 朱子学 が、現実の秩序を重視する人々に広く学ばれるようになった。このような朱子学を批判した荻生祖棟は、古代中国の聖人が天下を安定させるために制作した道に、儒学の本質があると考え、それを学ぶ方法として e 古文辞学を唱えた。この方法により、海を越えて異国の地でも評価される『論語』解釈が生み出された。また、古文辞学は、文献の厳密な考証・校訂を尊ぶ気運を醸成し、 f 古典 の発見を促した。こうした動きのなかで、中国では散逸した書が日本で見いだされ、清の知識人にも注目された。近代に至り、仏教や儒学とは異なる g 西洋の思想や文化 が本格的に紹介され、西洋文明を称賛する風潮が生じた。岡倉天心は、幼少より英語を学び、西洋の文化にふれつつも、東洋に対する西洋人の無理解に警鐘を鳴らし、西洋・東洋に共有されている価値観を探究した。英文で著した『茶の本』において天心は、西洋でも尊重されている茶に注目し、道家や禅の思想を基に形成された日本の茶道の本質を、 h 日常生活 のなかにある美を崇拝する営みに見いだした。先人たちは、外来の思想や文化を一方的に受容するだけではなく、それらの捉え直しや批判的検討を通して、日本という場にとどまらず、他国とも共有し得る多様な思索を展開してきた。こうした営みは、グローバル社会のなかで生きる一つの指針を私たちに示しているのではないだろうか。

 

問 1 下線部 a に関連して、仏教が伝来することによって生じた、仏と在来の神との関係についての説明として最も適当なものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 仏教が伝来した当初、仏は、異国から到来した神と認識され、人々に利益や災厄をもたらすと考えられた。平安時代になると、神は仏が人々を救済するために現れた仮の姿であるという考え方が生まれた。

 

② 仏教が伝来した当初、仏は、当時の人々が唯 絶対の貴い神と考えていたアマテラスと対立する存在とみなされた。平安時代になると、仏はアマテラスが人々を教化するために現れた化身であるという考え方が生まれた。

 

③ 仏教が伝来した当初、仏は、異国から到来した神と認識され、人々に利益や災厄をもたらす存在であると考えられた。平安時代になると、仏は神が人々を守護するために現れた仮の姿であるという考え方が一般化した。

 

④ 仏教が伝来した当初、仏は、当時の人々が不可思議な現象や存在として捉えた神々と同様のものであると考えられた。平安時代になると、仏と神は異なる国に誕生した対立する存在であるという考え方が一般化した。

 

問2 下線部 b に関して、誰もが仏になることができる根拠として最澄が尊重した言葉がある。その言葉として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 厭離穣土 欣求浄土

 

② 即身成仏

 

③ 一切衆生 悉有仏性

 

④ 則天去私

 

問3 下線部 c に関連して、次の ア ~ ウ は、人々を救いに導く新しい教えを説いた鎌倉時代の人物について説明したものである。その正誤の組合せとして正しいものを下の①~⑧のうちから一つ選べ。

 

ア 法然は、身分や能力に応じた念仏の唱え方を考案し、それぞれの唱え方に応じて異なる浄土に往生すると説いた。

 

イ 道元は、悟りを得るためには、坐禅の修行とともに師から与えられた公案について議論することが必要であると説いた。

 

ウ 栄西は、悟りを得るためには、坐禅の修行と戒律の遵守が必要であるとし、禅の教えが国家の安寧にも役立つと説いた。

 

① ア 正  イ 正  ウ 正

 

② ア 正  イ 正  ウ 誤

 

③ ア 正  イ 誤  ウ 正

 

④ ア 正  イ 誤  ウ 誤

 

⑤ ア 誤  イ 正  ウ 正

 

⑥ ア 誤  イ 正  ウ 誤

 

⑦ ア 誤  イ 誤  ウ 正

 

⑧ ア 誤  イ 誤  ウ 誤

 

問4 下線部 d に関連して、朱子学に関わりのある江戸時代の思想家の説明として最も適当なものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 藤原捏窯は、朝鮮の朱子学から影響を受け、現実の秩序を軽視する仏教に疑問をもち、時期・場所・身分に応じた道徳的実践を説いた。

 

② 山崎闇斎は、自己を修める方法として朱子学で説かれる敬を重視し、君臣関係の絶対性を強調した。

 

③ 貝原益軒は、朝鮮の言語や文化の研究を行い、日本と朝鮮の文化交流に尽力して、国家を超えた普遍的な原理の必要性を述べた。

 

④ 佐久間象山は、アヘン戦争を契機に、それまで信奉していた朱子学を批判し、西洋の道徳と技術を取り入れることの重要性を主張した。

 

問5 下線部 e に関して、次の文章は、荻生祖練が朱子学の経書解釈について言及した一節である。ここに説かれた内容の説明として最も適当なものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 

経学のための害は、古言を失ひ候故(そうろうゆえ)、経書の文面(たが)ひ申し候。理気天理人欲等の付添(つきそえ)これ有り候故、聖人の道に一層の皮膜を隔て候。惣体(そうたい)*宋儒**の学は、古聖人の書を文面のままに解したる物にてはこれ無く候。程子(ていし)朱子(いずれ)れも聡明特達の人にて、古聖人の書をはなれて別に自分の見識これ有り、その見識にて経書を(さば)き申されたる物に候……(朱子学の経書解釈に凝り固まった)人は、是非邪正の差別つよく成り行き物(ごと)にすみよりすみまで、はきと***致したる事を好み、……風雅文オののびやかなる事は嫌ひに成り行き人柄(あ)しく成り申し候こと、世上ともに多く御座候。

(『祖棟先生答問書』より)

*惣体:総じて
**宋儒:宋代の儒学者。程子(程顧(ていこう)程願(ていい))や朱子などが含まれる。
***はきと:はっきりと

 

① 朱子学では、古代の語義を尊重しつつ、 意味の通じない部分を恣意的に解釈するため、経書の真意を見失う。こうした経書解釈は人格の涵養(かんよう)にも影響し、朱子学を学ぶと独善的な性格になる。

 

② 朱子学では、古代の語義よりも、自分の考えを重んじて解釈するため、経書の真意を見失う。こうした経書解釈は人格の涵養にも影響し、朱子学を学ぶと細かな道理にこだわり、偏狭な人間になる。

 

③ 朱子学では、経書の真意と自分の考えとを比較しながら妥当な解釈を選択する。こうした態度を突きつめていくと、ささいな語義にこだわり、物事を画一的に捉える性向を助長することになる。

 

④ 朱子学では、自分の考えを付け加えて経書の真意を捉えようとする。こうした態度を突きつめていくと、是非善悪の区別を無視し、自分勝手に振る舞う性向を助長することになる。

 

設 問 正 解 配 点
問1 1 3
問2 3 2
問3 7 3
問4 2 2
問5 2 3

 

 

 

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