2017年大学入試センター試験問題



倫理・政治・経済 解答 第2問 問1~3正解

第 2 問
次の文章を読み、下の問い(問1 ~ 7)に答えよ。(配点 18)

 

日本では、広く外来の思想や文化が受容されてきたが、人々はそこからさらに、自国にとどまらず、他国とも共有し得る様々な思索を展開し、新たな知見を生み出してきた。ここではそうした先人たちの思想的営みを振り返ってみよう。6 世紀ころに伝来した a 仏教 は、奈良時代には、朝廷のもとで国家を鎮護するという役割を担っていた。平安時代になると、誰もが仏になれるという考えに基づき個人の救済が重視されるようになった。こうしたなかで、源信は『往生要集』を著し、外来の数多くの仏典に依拠しつつ、地獄や極楽の様相を描き出し、浄土への往生を説く教えこそがすべての人にとってふさわしいと論じた。『往生要集』は宋にも伝えられたがそうした動きには、仏法のもとではすべての人が平等であるとし、 b 万人の救済 を願う源信の考えも影響を与えていた。江戸時代には、世界や人間のあり方を体系的に説いた c 朱子学が、現実の秩序を重視する人々に広く学ばれるようになった。このような朱子学を批判した荻生祖棟は、古代中国の聖人が天下を安定させるために制作した道に、d 儒学 の本質があると考え、それを学ぶ方法として古文辞学を唱えた。この方法により、海を越えて異国の地でも評価される『論語』解釈が生み出された。また、古文辞学は、文献の厳密な考証・校訂を尊ぶ気運を醸成し、 e 古典の発見を促した。こうした動きのなかで、中国では散逸した書が日本で見いだされ、清の知識人にも注目された。近代に至り、仏教や儒学とは異なる西洋の思想や文化が本格的に紹介され、西洋文明を称賛する風潮が生じた。岡倉天心は、幼少より英語を学び、西洋の文化にふれつつも、東洋に対する西洋人の無理解に警鐘を鳴らし、西洋・東洋に共有されている価値観を探究した。英文で著した『茶の本』において天心は、西洋でも尊重されている茶に注目し、道家や禅の思想を基に形成された日本の茶道の本質を、 f 日常生活 のなかにある美を崇拝する営みに見いだした。先人たちは、外来の思想や文化を一方的に受容するだけではなく、それらの捉え直しや批判的検討を通して、日本という場にとどまらず、他国とも共有し得る多様な思索を展開してきた。こうした営みは、グローバル社会のなかで生きる一つの指針を私たちに示しているのではないだろうか。

 

問1 下線部 a に関連して、仏教が生まれた古代インドで展開された思想についての記述として最も適当なものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① ウパニシャッド哲学は、真の自己とされるアートマンは観念的なものにすぎないため、アートマンを完全に捨てて、絶対的なブラフマンとー体化するべきであると説いた。

 

② バラモン教は、聖典ヴェーダを絶対的なものとして重視していたため、ヴェーダの権威を否定して自由な思考を展開する立場を六師外道と呼んで批判した。

 

③ ウパニシャッド哲学では、人間を含むあらゆる生きものが行った行為すなわち業(カルマ)の善悪に応じて、死後、種々の境遇に生まれ変わると考えられた。

 

④ バラモン教では、唯ーなる神の祀り方が人々の幸福を左右するという考えに基づいて、祭祀を司るバラモンが政治的指導者として社会階層の最上位に位置づけられた。

 

問2 下線部 b に関連して、次の ア ~ ウ は、人々を救いに導く新しい教えを説いた鎌倉時代の人物について説明したものである。その正誤の組合せとして正しいものを下の①~⑧のうちから一つ選べ。

 

ア 法然は、身分や能力に応じた念仏の唱え方を考案し、それぞれの唱え方に応じて異なる浄土に往生すると説いた。

 

イ 道元は、悟りを得るためには、坐禅の修行とともに師から与えられた公案について議論することが必要であると説いた。

 

ウ 栄西は、悟りを得るためには、坐禅の修行と戒律の遵守が必要であるとし、禅の教えが国家の安寧にも役立つと説いた。

 

① ア 正  イ 正  ウ 正

 

② ア 正  イ 正  ウ 誤

 

③ ア 正  イ 誤  ウ 正

 

④ ア 正  イ 誤  ウ 誤

 

⑤ ア 誤  イ 正  ウ 正

 

⑥ ア 誤  イ 正  ウ 誤

 

⑦ ア 誤  イ 誤  ウ 正

 

⑧ ア 誤  イ 誤  ウ 誤

 

問3 下線部 c に関連して、朱子学に関わりのある江戸時代の思想家の説明として最も適当なものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 藤原捏窯は、朝鮮の朱子学から影響を受け、現実の秩序を軽視する仏教に疑問をもち、時期・場所・身分に応じた道徳的実践を説いた。

 

② 山崎闇斎は、自己を修める方法として朱子学で説かれる敬を重視し、君臣関係の絶対性を強調した。

 

③ 貝原益軒は、朝鮮の言語や文化の研究を行い、日本と朝鮮の文化交流に尽力して、国家を超えた普遍的な原理の必要性を述べた。

 

④ 佐久間象山は、アヘン戦争を契機に、それまで信奉していた朱子学を批判し、西洋の道徳と技術を取り入れることの重要性を主張した。

 

設 問 正 解 配 点
問1 3 3
問2 7 3
問3 2 2

 

 

 

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