日本史A 解答 第3問 B問6正解

第 3 問
政治家三島通庸に関する次の文章 A ・ B を読み、下の問い(問1 ~ 6)に答えよ。(配点 19)

 

B 三島通庸は福島県令になると、ここでも土木・建築事業の推進をはかる。しかし県会に強い勢力をもつ自由党は、土木工事へ農民を徴用する三島の政策に反対した。これに対して、三島は自由党員を弾圧した。 c 自由民権運動 の弾圧によって「鬼県令」とよばれた三島は、警視総監に就任する。このとき三島は、

の公布をうけて警察を指揮し、民権派を東京の中心部から追放した。その一方で、三島は自身の土木・建築の経験を生かし、井上馨とともに東京に洋風の官庁街を建設しようと試みた。井上らは、当時進められていた条約改正の交渉を有利に運ぶため、「文明化」した日本の姿を示そうとしていた。服装の西洋化が進められまた

が建設されたのも、そのためであった。しかし井上の d 条約改正交渉 は、強い反対を受けて失敗し、三島が構想した洋風の官庁街も実現しなかった。

 

問6 下線部 d に関連して、明治期の条約改正に関して述べた次の文Ⅰ~ Ⅲ について、古いものから年代順に正しく配列したものを、下の①~⑥のうちから一つ選べ。

 

Ⅰ 寺島宗則は、関税自主権の回復をめざして交渉したがイギリスなどの反対で失敗した。

 

Ⅱ 青木周蔵は、治外法権の撤廃と関税自主権の 部回復をめざして交渉したが、大津事件で辞職した。

 

Ⅲ 大隈重信は、外国人判事を大審院に任用することを認める改正案を進めたが、爆弾テロで負傷し辞職した。

 

① ⅠーⅡーⅢ

 

② ⅠーⅢーⅡ

 

③ ⅡーⅠーⅢ

 

④ ⅡーⅢーⅠ

 

⑤ ⅢーⅠーⅡ

 

⑥ ⅢーⅡーⅠ

正 解
配 点

 

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