日本史A 解答 第3問 A問3正解

第 3 問
政治家三島通庸に関する次の文章 A ・ B を読み、下の問い(問1 ~ 6)に答えよ。(配点 19)

 

A 三島通庸は薩摩藩士の子として生まれた。急進的な尊王攘夷派であった三島は、同志と上洛して攘夷運動を行った。しかし幕政改革に乗り出した

の上洛にともなって起きた寺田屋事件にかかわって、謹慎処分を受けた。その後新政府軍の一員として旧幕府軍との戦いに参加した三島は、1871年、明治政府に出仕した。ここで三島は東京の

煉瓦(れんが)街を建設することに取り組んだ。さらに三島は山形県令に就任して a 殖産興業を推進する とともに、土木・建築事業に力を注いだ。みずから太鼓を(たた)いて工事を指揮した三島は、「土木県令」の異名をとるにいたった。また、三島は b 高橋由一 に依頼して、開発の様子を絵画に描き留めさせている。図に示した高橋の絵には、洋風の建築物が整然と並ぶ山形の市街地が描かれている。建築を通して、新しい時代を目に見える形で表現する。これが三島の考えた文明開化の姿であった。

 

問3 下線部 b の描いた絵画として正しいものを次の①~④のうちからベ


正 解
配 点

 

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