日本史A 解答 第2問 問2正解

第 2 問
幕末から明治期の大坂(大阪)に関する次の文章を読み、下の問い(問1 ~ 4)に答えよ。(配点 12)

 

近世の大坂は、諸藩の蔵屋敷が置かれ、全国的な商業・金融の中心として栄え、幕末には京都とともに政治の主要な舞台となった1863年以降は、西上した将軍

が大坂城や京都の二条城に滞在し、長州征討(長州戦争)では多数の幕府方の軍が大坂の町家・寺院に駐留して、民衆の生活を圧迫した。特に1866年には凶作とあいまって米価が高騰し a 民衆は多くの米屋を襲った。また同年に

が大坂城で病死し、将軍職を継いだ徳川慶喜も同城で政務を執った。新政府の成立直後に、 b 大久保利通が大阪への遷都を唱えた。これは即位したばかりの

を守旧的な公家から引き離すことに加え、大阪の海陸交通の便利さも重視してのことであった。しかし、大阪への遷都は行われず、明治初年の大阪経済は、新政府による多額の御用金賦課、諸藩債務の破棄やその返済の長期化、蔵屋敷の廃止などで打撃を受けた。その後、 c 薩摩出身の五代友厚や各地からの実業家と在来の大阪商人 とが協力して、大阪商法会議所を創設し、大阪経済は復興していった。

 

問4 下線部 c に関連して、明治期の政商や実業家に関して述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから つ選べ。

 

① 新政府から特権を得た住友は、三池炭鉱の払い下げをうけた。

 

② 五代友厚は、開拓使の官有物の払い下げをうけようとした。

 

③ 岩崎弥太郎は、海運業に参入し、三菱財閥の基礎を築いた。

 

④ 古河市兵衛は、足尾銅山を取得して、鉱山業を営んだ。

正 解
配 点

 

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