2017年大学入試センター試験問題

日本史A

日 本 史 A

(解答番号

 

  
 

 

第 1 問
次の文章A・Bは、受験を控えた高校生幽太(ゆうた)とその姉理子(りこ)との会話である。この文章を読み、下の問い(問1 ~ 6)に答えよ。(史料は、一部省略したり、書き改めたりしたところもある。)(配点 20)

 

A
幽 太:このあいだ、神社で入試の合格を祈ってきたよ。もう合格間違いなしさ。

 

理 子:神頼みなんて何いってるの。慶応義塾を創設した

は少年時代から非合理なものを信じず、御札を踏んでも罰が当たらないと確認したり、神社のご神体を落ちている石と置き換えたりしたと自伝に書いているよ。

 

幽 太:へえ。でも、非合理なものを否定する人ばかりじゃないでしょう。哲学館(現在の東洋大学)をつくった井上円了は『妖怪学講義』という本を出して、妖怪博士といわれたそうじゃないか。
理 子:円了は、妖怪の多くを合理的に説明してみせて、迷信を批判したんだよ。

 

幽 太:そうなのか。円了は、欧化主義を批判して国粋保存を唱えた

の一員だから、妖怪伝承も日本の伝統文化として擁護したのかと思っていたよ。

 

理 子:円了が妖怪という語で指しているのは、私たちが想像するような奇怪な化け物だけでなく、もっと広く、不思議な言い伝え全般だったんだけどね。

 

幽 太:妖怪という言葉の意味や、それに対する見方も変わってきているのか。そういえば、戦後に a 首相をつとめた岸信介 も、メディアで「昭和の妖怪」というあだ名をつけられたことがあったよね。あれはどういうニュアンスで使われていたんだろう。

 

理 子: b 対立する相手や、うかがい知れない相手のことを「妖怪」とよぶ ことがあるけど、そうした文脈からなんだろうね。時代が変わるなかで、妖怪のイメージがどんなふうに変化してきたのかを考えてみるのも面白そうだね。

 

問1 空欄

 

に入る語句の組合せとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① ア 中村正直   イ 明六社

 

② ア 中村正直   イ 政教社

 

③ ア 福沢諭吉   イ 明六社

 

④ ア 福沢諭吉   イ 政教社


 

問2 下線部 a に関連して、この首相およびその前後の首相の内閣に関して述べた次の文Ⅰ~ Ⅲ について、古いものから年代順に正しく配列したものを、下の①~⑥のうちから一つ選べ。

 

Ⅰ 反対の世論を押し切り、日米安全保障条約を改定した。

 

Ⅱ 「国民所得倍増」をスロ ガンにかかげて、経済成長をめざした。

 

Ⅲ 戦前に「小日本主義」を唱えた人物が首相となったが、病気のために短期間で退陣した。

 

① ⅠーⅡーⅢ

 

② ⅠーⅢーⅡ

 

③ ⅡーⅠーⅢ

 

④ ⅡーⅢーⅠ

 

⑤ ⅢーⅠーⅡ

 

⑥ ⅢーⅡーⅠ


 

問3 下線部 b に関連して、次の史料1、史料2 に関して述べた下の文 a ~ d について、正しいものの組合せを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 

史料1
美濃部と(い)ふ妖怪が現はれ、我が国体を攪乱(かくらん)するのである。(中略)美濃部はロンドン条約の時「日本の憲法には統帥権の独立がない。それだから、軍令部長の意見などは、参考に聞けば(よろ)しい」と、浜口首相を躍らして、統帥権の干犯と云ふ大罪を作らした。

(田代強八『妖雲漂ふ皇国を語る』1935 年)

 

史料2
日独防共協定が調印されてから来る二十五日はまさに一周年、この枢軸にさらに南欧の黒シャツ伊太利を加へて”赤き妖怪”駆逐の騰壁(しょうへき)(注)は欧亜大陸上に三拠点を結んで微動だにせぬ安定を得た。
(注)騰壁:垣根や壁。

(田代強八『妖雲漂ふ皇国を語る』1935 年)

 

a 史料1の筆者は、天皇機関説に賛成の立場であったと考えられる。

 

b 史料1 の筆者は、ロンドン海軍軍縮条約締結に反対の立場であったと考えられる。

 

c 史料2 において「妖怪」とされているのはアメリカ合衆国である。

 

d 史料2 において「妖怪」とされているのは共産主義勢力である。

 

① a . c

 

② a . d

 

③ b . c

 

④ b . d


 

B
幽 太:それにしても、 c 最近のアニメなどで、かわいい妖怪が増えた背景にはどんな社会的変化があるんだろう

 

理 子:都会に住む人が多くなったり、科学技術が発達したりしたことで、自然のなかの未知のものを恐ろしく感じる気持ちが失われ、妖怪も飼いならされてきたってことなのかも。

 

幽 太:科学万能で妖怪も威力を失ってきたということか。 なんか寂しいなあ。 確かに、科学技術を振りかざし、 d 公害を引き起こしたり、動物を絶滅に追い込んだりしている人間のほうが、妖怪よりよっぽど恐ろしいかもね。

 

理 子:科学の権威が高まると、その信頼性が揺らいだときに大きな事件に発展することもあるよね。 たとえば明治の終わり頃に e 東京帝国大学(現在の東京大学) の助教授だった福来友吉(ふくらいともきち)という人が、透視や念写の存在を科学的に証明しようとしたんだ。 メディアも大きく取り上げて世間の関心を集めたんだけど、実験の信憑(しんぴょう)性が疑われたりして、結局彼は大学を追われてしまったんだって。

 

幽 太:大学の先生でもそういう人がいたのか。 東大の先生に正しいといわれたら、それだけで信じてしまいそうだなあ。

 

理 子:科学が発達すればするほど、一般の人には難しくなって、かえって他人のいっていることを鵜呑(うの)みにしてしまうこともあるしね。 それを考えたら、受験のためだけじゃなく、自分で考えて判断する力をつけるためにも、やっぱり勉強することが大事よね。

 

問4 下線部 c に関連して、次の漫画・アニメの画像Ⅰ~ Ⅳ に描かれた妖怪が登場する背景とされているそれぞれの事象に関して述べた次ページの文 a~d について、正しいものの組合せを、その下の①~④のうちから一つ選べ。


 

a I の妖怪のもととされている家庭電化製品が普及していく時期には、スーパーマーケットが各地に広がり、消費や生活の変化が進んだ。

 

b II の妖怪が登場する条件とされている電化製品が普及しはじめた頃、日本の国内産業は空洞化に悩まされていた。

 

c Ⅲ の妖怪が発生した背景とされているバブル経済の時期には、株価が高騰した。

 

d IV の妖怪はロボットとされているが、企業が減量経営につとめた高度成長期には、ロボットの技術の導入が進められた。

 

① a . c

 

② a . d

 

③ b . c

 

④ b . d


 

問5 下線部 d に関連して、公害問題に関して述べた次の文 X ・ Y について、その正誤の組合せとして正しいものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 

X 各地で公害問題が深刻化したことをうけて、政府は環境庁を設置したのち、公害対策基本法を制定した。

 

Y 四大公害訴訟(裁判)が行われ、いずれも被害者側が勝訴した。

 

① X 正  Y 正

 

② X 正  Y 誤

 

③ X 誤  Y 正

 

④ X 誤  Y 誤


 

問6 下線部 e に関連して、この大学やその前身の学校の教員をつとめた人物に関して述べた次の文 X ・ Y と、それに該当する人名 a ~ d との組合せとして正しいものを下の①~④のうちから一つ選べ。

 

X ドイツ人医師で、医学を教えた。

 

Y 物理学者で、原子模型理論を発表した。

 

a ベルツ
b モース
c 長岡半太郎
d 本多光太郎

 

① X ー a  Y ー c

 

② X ー a  Y ー d

 

③ X ー b  Y ー c

 

④ X ー b  Y ー d


 

第 2 問
幕末から明治期の大坂(大阪)に関する次の文章を読み、下の問い(問1 ~ 4)に答えよ。(配点 12)

 

近世の大坂は、諸藩の蔵屋敷が置かれ、全国的な商業・金融の中心として栄え、幕末には京都とともに政治の主要な舞台となった1863年以降は、西上した将軍

が大坂城や京都の二条城に滞在し、長州征討(長州戦争)では多数の幕府方の軍が大坂の町家・寺院に駐留して、民衆の生活を圧迫した。特に1866年には凶作とあいまって米価が高騰し a 民衆は多くの米屋を襲った。また同年に

が大坂城で病死し、将軍職を継いだ徳川慶喜も同城で政務を執った。新政府の成立直後に、 b 大久保利通が大阪への遷都を唱えた。これは即位したばかりの

を守旧的な公家から引き離すことに加え、大阪の海陸交通の便利さも重視してのことであった。しかし、大阪への遷都は行われず、明治初年の大阪経済は、新政府による多額の御用金賦課、諸藩債務の破棄やその返済の長期化、蔵屋敷の廃止などで打撃を受けた。その後、 c 薩摩出身の五代友厚や各地からの実業家と在来の大阪商人 とが協力して、大阪商法会議所を創設し、大阪経済は復興していった。

 

問1 空欄

に入る語句の組合せとして正しいものを、次の①~④のうちからつ選べ。

 

① ア 徳川家定   イ 孝明天皇

 

② ア 徳川家定   イ 明治天皇

 

③ ア 徳川家茂   イ 孝明天皇

 

④ ア 徳川家茂   イ 明治天皇


 

問2 下線部 a に関連して、幕末期の民衆の動きに関して述べた次の文 X ・ Y について、その正誤の組合せとして正しいものを下の①~④のうちから一つ選べ。

 

X 各地で、世直しを求める大規模な一揆が発生した。

 

Y 「ええじゃないか」とよばれる民衆の乱舞が流行した。

 

① X 正  Y 正

 

② X 正  Y 誤

 

③ X 誤  Y 正

 

④ X 誤  Y 誤


 

問3 下線部 b について述べた文として正しいものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 幕末期に、木戸孝允とともに長州藩の中で実権を握った。

 

② 岩倉使節団を送り出したあとの国内政治を担当した。

 

③ 警察や地方行政などを管轄する内務省を設置した。

 

④ 西郷隆盛と大阪会議を開き漸進的な国会開設方針を決めた。


 

問4 下線部 c に関連して、明治期の政商や実業家に関して述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから つ選べ。

 

① 新政府から特権を得た住友は、三池炭鉱の払い下げをうけた。

 

② 五代友厚は、開拓使の官有物の払い下げをうけようとした。

 

③ 岩崎弥太郎は、海運業に参入し、三菱財閥の基礎を築いた。

 

④ 古河市兵衛は、足尾銅山を取得して、鉱山業を営んだ。


 

第 3 問
政治家三島通庸に関する次の文章 A ・ B を読み、下の問い(問1 ~ 6)に答えよ。(配点 19)

 

A 三島通庸は薩摩藩士の子として生まれた。急進的な尊王攘夷派であった三島は、同志と上洛して攘夷運動を行った。しかし幕政改革に乗り出した

の上洛にともなって起きた寺田屋事件にかかわって、謹慎処分を受けた。その後新政府軍の一員として旧幕府軍との戦いに参加した三島は、1871年、明治政府に出仕した。ここで三島は東京の

煉瓦(れんが)街を建設することに取り組んだ。さらに三島は山形県令に就任して a 殖産興業を推進する とともに、土木・建築事業に力を注いだ。みずから太鼓を(たた)いて工事を指揮した三島は、「土木県令」の異名をとるにいたった。また、三島は b 高橋由一 に依頼して、開発の様子を絵画に描き留めさせている。図に示した高橋の絵には、洋風の建築物が整然と並ぶ山形の市街地が描かれている。建築を通して、新しい時代を目に見える形で表現する。これが三島の考えた文明開化の姿であった。

 

問1 空欄

に入る語句の組合せとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① ア 島津斉彬 イ 銀座

 

② ア 島津斉彬 イ 品川

 

③ ア 島津久光 イ 銀座

 

④ ア 島津久光 イ 品川


 

問2 下線部 a に関連して、明治期の殖産興業政策に関して述べた文として正しいものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 工部省を設立し、官営事業を推進した。

 

② 日本銀行は不換紙幣を発行し、殖産興業の財源とした。

 

③ 重工業を促進するため、産業組合を組織した。

 

④ 工場法を制定し、工場設立を推奨した。


 

問3 下線部 b の描いた絵画として正しいものを次の①~④のうちからベ




 

B 三島通庸は福島県令になると、ここでも土木・建築事業の推進をはかる。しかし県会に強い勢力をもつ自由党は、土木工事へ農民を徴用する三島の政策に反対した。これに対して、三島は自由党員を弾圧した。 c 自由民権運動 の弾圧によって「鬼県令」とよばれた三島は、警視総監に就任する。このとき三島は、

の公布をうけて警察を指揮し、民権派を東京の中心部から追放した。その一方で、三島は自身の土木・建築の経験を生かし、井上馨とともに東京に洋風の官庁街を建設しようと試みた。井上らは、当時進められていた条約改正の交渉を有利に運ぶため、「文明化」した日本の姿を示そうとしていた。服装の西洋化が進められまた

が建設されたのも、そのためであった。しかし井上の d 条約改正交渉 は、強い反対を受けて失敗し、三島が構想した洋風の官庁街も実現しなかった。

 

問4 空欄

に入る語句の組合せとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① ウ 保安条例   エ 鹿鳴館

 

② ウ 保安条例   エ 東京駅

 

③ ウ 治安警察法 エ 鹿鳴館

 

④ ウ 治安警察法 エ 東京駅


 

問5 下線部 c に関連して、自由民権運動の激化に関して述べた次の文 X ・ Y について、その正誤の組合せとして正しいものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 

X 福島事件後、自由党員は加波山を拠点に事件を起こした。

 

Y 民権運動激化の背景には、インフレーションによる農村の疲弊があった。

 

① X 正  Y 正

 

② X 正  Y 誤

 

③ X 誤  Y 正

 

④ X 誤  Y 誤


 

問6 下線部 d に関連して、明治期の条約改正に関して述べた次の文Ⅰ~ Ⅲ について、古いものから年代順に正しく配列したものを、下の①~⑥のうちから一つ選べ。

 

Ⅰ 寺島宗則は、関税自主権の回復をめざして交渉したがイギリスなどの反対で失敗した。

 

Ⅱ 青木周蔵は、治外法権の撤廃と関税自主権の 部回復をめざして交渉したが、大津事件で辞職した。

 

Ⅲ 大隈重信は、外国人判事を大審院に任用することを認める改正案を進めたが、爆弾テロで負傷し辞職した。

 

① ⅠーⅡーⅢ

 

② ⅠーⅢーⅡ

 

③ ⅡーⅠーⅢ

 

④ ⅡーⅢーⅠ

 

⑤ ⅢーⅠーⅡ

 

⑥ ⅢーⅡーⅠ


 

第 4 問
近現代の公園に関する次の文章A~Cを読み、下の問い(問1 ~ 8)に答えよ。(史料は、一部省略したり、書き改めたりしたところもある。)(配点 24)

 

A 2008年末、日比谷公園(東京都千代田区)で年越し派遣村が開設され、失業者に対する炊き出しや職業相談などが行われた。失業問題や貧困問題を政治課題として表面化させたこの取組みは、大きく報じられた。1903年に開園した日比谷公園は、当初から政治的なメッセージを発信する場として、様々な事件の舞台となった。日露講和条約に反対した民衆による焼打ち事件のほか、1952 年には日比谷公園から皇居前広場に向かったデモ隊が、警官隊と衝突する

が発生した。1929 年、公園内に建設された a 日比谷公会堂 は、政治演説会や音楽鑑賞の場を市民に提供した。公会堂では、1960年に日本社会党の浅沼稲次郎が演説中に b 刺殺される事件 が起こっている。また、日比谷公園は近代国家日本の発展を祝い、国民意識を醸成する空間でもあった。たとえば、戦争に際してはシンガポール陥落(1942 年)の祝勝会が開かれている。さらに

発布二十周年記念祝賀会(1909 年)や東京羹蔀(てんと)(注)五十年祭(1919 年)の会場にもなった。

(注)莫都:都をその地に定めること。

 

問1 空欄

に入る語句の組合せとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① ア 血のメーデー事件(メーデー事件)  イ 普通選挙法

 

② ア 血のメーデー事件(メーデー事件)  イ 憲法

 

③ ア ニ ・一五事件  イ 普通選挙法

 

④ ア 三 ・一五事件  イ 憲法


 

問2 下線部 a に関連して、日比谷公会堂で開催された催事に関する次の新聞記事と広告Ⅰ~ Ⅲ について、古いものから年代順に正しく配列したものを下の①~⑥のうちから一つ選べ。

 

① ⅠーⅡーⅢ

 

② ⅠーⅢーⅡ

 

③ ⅡーⅠーⅢ

 

④ ⅡーⅢーⅠ

 

⑤ ⅢーⅠーⅡ

 

⑥ ⅢーⅡーⅠ


 

問3 下線部 b に関連して、近代日本の要人殺害事件について述べた次の文 X ・ Y と、それに該当する語句 a ~ d との組合せとして正しいものを下の①~④のうちから一つ選べ。

 

X 初代韓国統監をつとめたこの人物は、ハルビン駅で安重根に殺害された。

 

Y この事件では三井合名会社理事長の団琢磨(琢磨)らが殺害された。

 

a 原敬

 

b 伊藤博文

 

c 虎ノ門事件(虎の門事件)

 

d 血盟団事件

 

① X ー a  Y ー c

 

② X ー a  Y ー d

 

③ X ー b  Y ー c

 

④ X ー b  Y ー d


 

B 公園は、新たな技術や文化との出会いの場でもあった。 上野公園(東京都台東区)では第 1 回内国勧業博覧会(1877年)が開かれ、機械・美術品などが展示された。 公園を舞台とした勧業博は、日本の産業・文化の近代化に貢献し、 c 工業国家日本 の出発を示すものとなった。天王寺公園(大阪府大阪市)の地で開かれた第5回内国勧業博覧会(1903年)では、建物を装飾したイルミネーション、5色にライトアップされた大噴水、エレベーターなどが人気を集めた。 この博覧会では、下の図に描かれているように、電気という科学技術の成果が来場者に強い印象を与え、 d その様子は出版物を通じて人々に伝えられた。 出品物の過半は工業関係が占めたが、農業関係でも、 e 米穀自給率低下が問題とされた当時の情勢において、生産技術改良に積極的に取り組んだ 千葉県農会の事績が表彰された。

 

問4 下線部 c に関して述べた次の文 X ・ Y と、それに該当する場所 a ~ d との組合せとして正しいものを下の①~④のうちから一つ選べ。

 

X 三菱に払い下げられたこの地の造船所は、大規模造船に取り組み、日清戦争後の日本の造船業を牽引した。

 

Y 八幡製鉄所は、この地から産出する鉄鉱石を原材料として利用した。

 

a 兵庫

 

b 長崎

 

c 大冶

 

d 筑豊

 

① X ー a  Y ー c

 

② X ー a  Y ー d

 

③ X ー b  Y ー c

 

④ X ー b  Y ー d


 

問5 下線部 d に関連して、明治期の出版や文化について述べた文として正しいものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 『中央公論』に掲載された民撰議院設立建白書は、自由民権運動が広がるきっかけとなった。

 

② 新聞紙条例にもとづき、横浜毎日新聞が創刊された。

 

③ 北村透谷は『文学界』の誌上で、人間の感情を重視するロマン主義を説いた。

 

④ 大衆娯楽雑誌として『キング』が創刊され、多くの読者を獲得した。


 

問6 下線部 e に関連して、米の生産に関する統計(10年ごとの平均値)の動向を示した次の表に関して述べた下の文 X ・ Y について、その正誤の組合せとして正しいものを下の①~④のうちから一つ選べ。

 

米の生産に関する統計(10年ごとの平均値)

 

米生産量
(1,000t)

田耕地面積
(1,000 ha)

1 ha あたり
米生産量(kg)

1881-1890年 4.990 2.660 1.876
1891-1900年 5.972 2.685 2.224
1901-1910年 6.917 2.819 2.454
1911-1920年 8.104 2.950 2.747

(アジア経済研究所編『日本農業100年 農林水産業累年統計表』により作成)
(注) 小数点以下は四捨五入。

 

 

X 1 haあたり米生産量の増加率は、田耕地面積の増加率よりも高い。

 

Y 1901年以降の米生産量の上昇は、農業協同組合(農協)のもとで推進された機械化の結果である。

 

① X 正  Y 正

 

② X 正  Y 誤

 

③ X 誤  Y 正

 

④ X 誤  Y 誤


 

C 公園のなかには、国家がさまざまな節目や行事を記念して設置したものがある。たとえば1965年に開園した水元公園(東京都葛飾区)の歴史は、1940年の「紀元二千六百年奉祝典」をきっかけとした水元緑地の計画にさかのぼることができる。このときの「奉祝典」は、 f 国体 の精華(注)を発揮」して国難を克服することを呼びかけて挙行され、各地で記念行事が行われた。1968年には、佐藤栄作内閣が明治百年記念式典を開催して、日本の近代化の成果をたたえた。これにともない、国土の緑化や歴史の保存・顕彰などの記念事業が、全国各地で実施された。このとき建設省は、全国で10か所の「明治百年記念森林公園」を指定した。 g 維新百年記念公園(山口県山口市) や、佐賀県立森林公園(佐賀県佐賀市)などが、これにあたる。
(注) 精華:すぐれたところ。

 

問7 下線部 f に関して述べた文として正しいものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 陸軍省は『国体の本義』を刊行して、国民に向けて国体の尊厳を説いた。

 

② 治安維持法は、国体の変革と共産主義否認を目的とする結社を禁止した。

 

③ 田中義一内閣は治安維持法を改正し、最高刑を死刑へと引き上げた。

 

④ ポツダム宣言には国体護持を保証する条件が記されていた。


 

問8 下線部 g に関連して、長州藩出身者が組織した内閣に関して述べた次の文Ⅰ ~ Ⅲ について、古いものから年代順に正しく配列したものを下の①~⑥のうちから一つ選べ。

 

I 寺内正毅内閣が、軍隊を出動させて米騒動を鎮圧した。

 

II 桂太郎内閣が、大逆事件を契機に社会主義者を弾圧した。

 

Ⅲ 山県有朋内閣が、軍部大臣現役武官制を定めた。

 

① ⅠーⅡーⅢ

 

② ⅠーⅢーⅡ

 

③ ⅡーⅠーⅢ

 

④ ⅡーⅢーⅠ

 

⑤ ⅢーⅠーⅡ

 

⑥ ⅢーⅡーⅠ


 

第 5 問
昭和期の経済・社会に関する次の文章A~Cを読み、下の問い(問1 ~ 8)に答えよ。(史料は、一部省略したり、書き改めたりしたところもある。)(配点 25)

 

A 資本主義の発達につれて、企業に雇われて働き、賃金収入で生計を立てる人々が増えていった。このため a 経済・社会の仕組みに対する人々の関心が高まる とともに、経済を安定的に運営し、発展させることが政治の重要な役割の 一つとなっていった。経済政策を実施する際に、国民の理解を求めることも行われた。たとえば b 浜口雄幸内閣期には、首相や大蔵大臣が、文章の発表や遊説を通して経済政策への協力を訴えた。1930年代後半以降、政府は軍需生産へ資源を重点的に配分することをめざし、民間の自由な経済活動を取り締まる政策を次々と打ち出した。こうした政府による経済への介入政策は、敗戦後も復興と国民生活の安定をはかるためにしばらく続けられた。このように c 戦時期から占領期 にかけては、経済活動への政府による介入が積極的に行われた。

 

問1 下線部 a に関して述べた文として正しいものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 雑誌『戦旗』には、プロレタリア文学の作品が発表された。

 

② 河上肇は、著書『太陽のない街』で貧困問題を取り上げた。

 

③ 経済学者大内兵衛は、戦争遂行に協力するため人民戦線を結成した。

 

④ 戦時中弾圧されたマルクス主義にもとづく研究は、戦後復活しなかった。


 

問2 下線部 b に関連して、次の史料は、この内閣の大蔵大臣が経済政策を説明した文章の部である。この政策と史料に関して述べた下の文 a ~ d について、正しいものの組合せを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 

史料
真の景気といふものはどうしても金解禁を断行した後でなければやつて来ない。(中略)政府は中央及び地方財政の徹底的緊縮を断行し(あわ)せて公債の大整理を行ふべく、着々これが実行にとりかかつてゐるのだ。(中略)国民諸君よ、(しばら)く政府と共に今日の不景気に(た)へ忍んでもらひたい。金解禁の断行は日本をして今日の借金生活から解放してくれるであらうから。

(『金解禁ー全日本に叫ぶー』)

 

a 金解禁とは、金の輸出を解禁し、金本位制から離脱することである。

 

b 金解禁とは、金の輸出を解禁し、金本位制に復帰することである。

 

c 筆者は、金解禁を行うために公債の増発が必要だと述べている。

 

d 筆者は、金解禁を行うために財政支出の抑制が必要だと述べている。

 

① a . c

 

② a . d

 

③ b . c

 

④ b . d


 

問3 下線部 c に関連して、この時期の経済政策と国民生活に関して述べた次の文 X ・ Y について、その正誤の組合せとして正しいものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 

X 戦時期に、生活必需品などの物資不足を補うため、代用品利用が広まった。

 

Y 占領期に、耐久消費財の重点的生産をめざす傾斜生産方式が採用された。

 

① X 正  Y 正

 

② X 正  Y 誤

 

③ X 誤  Y 正

 

④ X 誤  Y 誤


 

B 経済や政治の動きに対して、一般の人々もさまざまな形で自分たちの声を伝えようとする。たとえば敗戦直後、人々は生活を守るため、食糧確保や賃上げを求める大規模なデモなどを活発化させた。それは経済問題にとどまらず、国際情勢などを背景として d 平和や核に対する意見表明 にもおよんだ。1950年代以降生活水準改善の要求を反映させる組織的な仕組みが整えられていった。たとえば毎年3月頃に労働組合が足並みをそろえて賃上げを要求する春闘の形式は、高度経済成長期に一般化した。この方式を提唱した太田薫は、 e 日本の労働組合 の特徴をふまえたうえで、この戦略を「闇夜にお手てをつないでいこう」と表現した。この方式は、社会に幅広く賃上げをもたらすことにつながった。

 

問4 下線部 d に関して述べた次の文 X ・ Y と、それに該当する上記の地図上の位置 a ~ d との組合せとして正しいものを下の①~④のうちから一つ選べ。

 

X この地で第1回原水爆禁止世界大会が開催された。

 

Y この地のアメリカ軍基地に反対する内灘事件(内灘闘争)が起きた。

 

① X ー a  Y ー c

 

② X ー a  Y ー d

 

③ X ー b  Y ー c

 

④ X ー b  Y ー d


 

問5 下線部 e に関して述べた文として誤っているものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 日清戦争後、高野房太郎らは労働組合期成会を結成した。

 

② アジア太平洋戦争(太平洋戦争)期に、日本労働総同盟が結成された。

 

③ 占領期に制定された労働組合法で、労働者の団結権が認められた。

 

④ 1980年代後半に、日本労働組合総連合会(連合)が結成された。


 

C 1972年6月、『日本列島改造論』が出版された。翌7月に著者

は内閣総理大臣となり、日本列島改造は国の政策となった。新総理の著書はたちまちベストセラーとなった。この政策は、交通網の整備によって f 大都市 と地方都市を結び、地域間の経済格差の解消をめざすとともに、高度経済成長を促進しようとするものであった。しかし、

内閣は、第4次中東戦争勃発の影響による経済的混乱や金権政治批判のなかで、1974年に退陣した。またこの年には、

が戦後はじめてマイナスとなった。1960年代後半以降には、高度経済成長の成果が強調される一方で「成長のひずみ」が社会的な問題となり、生活の質的な豊かさに注目する傾向が強まった。1973年には年金などの社会保障制度が拡充され、「福祉元年」とよばれた。しかし経済動向の変化にともない、歳入不足を国債発行で埋め合わせる g 財政運営 が行われるようになった。

 

問6 空欄

に入る語句の組合せとして正しいものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① ア 田中角栄 イ 実質経済成長率

 

② ア 田中角栄 イ 物価上昇率

 

③ ア 福田赳夫 イ 実質経済成長率

 

④ ア 福田赳夫 イ 物価上昇率


 

問 7 下線部 f に関連して、大都市部での生活に関して述べた次の文Ⅰ~ Ⅲ について、古いものから年代順に正しく配列したものを下の①~⑥のうちから一つ選べ。

 

I 大都市の近郊に、ニュータウンとよばれる大規模な団地が造られた。

 

II 深刻な食糧難を背景に、混雑する列車で人々が農村へ買い出しに向かった。

 

Ⅲ 東京では、新しい交通機関として地下鉄が登場した。

 

① ⅠーⅡーⅢ

 

② ⅠーⅢーⅡ

 

③ ⅡーⅠーⅢ

 

④ ⅡーⅢーⅠ

 

⑤ ⅢーⅠーⅡ

 

⑥ ⅢーⅡーⅠ


 

問8 下線部 g に関連して、次のグラフは、社会保障関係費、国土保全および開発費国債費の各項目が財政支出に占める割合の動きを示したものである。このグラフに関して述べた下の文 X ・ Y について、その正誤の組合せとして正しいものを下の①~④のうちから一つ選べ。

 

X 社会保障関係費(3年度間の平均)の構成比の動向を示しているのは甲である。

 

Y 消費税導入の時点で、国債費(3年度間の平均)は財政支出の15%を上回っていた。

 

① X 正  Y 正

 

② X 正  Y 誤

 

③ X 誤  Y 正

 

④ X 誤  Y 誤


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