日本史B 解答 第4問 A問2正解

第 4 問
近世の文化・政治・社会に関する次の文章 A ・ B を読み、下の問い(問1 ~ 6)に答えよ。(史料は、部省略したり、書き改めたりしたところもある。)(配点16)

 

A 

は本名を杉森信盛といい、1653年生まれといわれているが、幼少期のことはあまりよくわかっていない。父の杉森信義は越前吉江藩に仕える武士であったが、のち浪人となる。信盛については10代後半には京都に住み、公家に仕えていたことがわかっている。この時期の a 上方は経済先進地として栄え、かつ文化の中心でもあった。やがて彼は武士身分を捨て、宇治加賀(じょう)一座のもとで歌舞伎や浄瑠璃の作者となり、浄瑠璃の竹本義太夫や竹田出雲、歌舞伎の坂田藤十郎に作品を提供するようになった。代表作として、世話物では『曽根崎心中』『心中天網島』、時代物では『国性爺合戦』などがある。『国性爺合戦』は、日本で生まれた鄭成功が中国大陸へ渡り、滅亡した

の再興をめざし、日本に援兵を要請したという史実を題材にした作品である。規模が壮大で異国情緒もあり、人気を博した。当時は上方を中心に、彼に代表される文芸をはじめとして、芸能や学問、b 美術工芸 など多彩な文化が発展した。

 

問2 下線部 a に関連して、近世の上方について述べた文として正しいものを次の①~④のうちから一つ選べ。

 

① 京都の豪商である末次平蔵は、富士川や賀茂川の整備を行った。

 

② 元禄期には大坂堂島の十組問屋が、幕府に公認された。

 

③ 上方で生産された漿油が、幕末まで江戸の市場を独占した。

 

④ 蝦夷地や日本海側の産物が、北前船で上方へ運ばれた。

 

正 解
配 点

 

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