2017年大学入試センター試験問題



国語 解答 第2問 問1~6正解

第 2 問 
次の文章は、野上弥生子(のがみやえこ)の小説「秋の一日」(一九一二年発表)の一節である。一昨年の秋、夫が旅行の土産にあけびの(つる)で編んだ手提げ籠を買ってきた。直子は病床からそれを眺め、快復したらその中に好きな物を入れてピクニックに出掛けることを楽しみにしていた。本文はその続きの部分である。これを読んで、後の問い(問1 ~ 6)に答えよ。なお、設問の都合で本文の上に行数を付してある。また、表記を一部改めている。(配点 50)

 

「此秋になったら坊やも少しはあんよして行けるだろ、小い靴を穿(は)かして一緒に連れて行こう。
とこんな事を楽しんだ。けれどもその秋も籠は一度も用いらるる事なく戸棚に(つ)られてあった。直子は秋になると屹度(きっと)何かしら病気をするのであった。その癖一年のうちに秋は彼女の最も好きな季節で、その自然の風物は一枚の木の葉でも一粒の露でも、涙の出るような涼い感銘を催させる場合が多いけれども、彼女は大抵それを病床から眺めねばならぬのである。ところが今年の秋は如何(どう)したせいか大変健かで、虫歯―つ痛まずぴんぴんして暮らした。直子は明け暮れ軽快な心持ちで、もう赤ん坊を脱して(い)ッばしいたずら小僧の資格を備えて来た子供を相手に遊び暮らしながら、毎年よそに見はずした秋の遊び場のそこ此処を思いやったが、そうなると又特別に行き度いと思う処もなかった。
 その内「文部省(注1)」の絵の展覧会が始まって、世の中は一しきりその取沙汰(とりざた)(にぎ)やかであった。直子の家では主人が絵ずきなので早々見に行って来て、気に入った四五枚の絵の調子や構図の模様などをあらまし話してくれた。二三の知った画家の出した絵の様子なども聞いた。直子は去年も一昨年も見なかったので、今年は早く行って見ようと思った。けれども長い間の望みの如く、彼のあけび細工の籠に好きな食べものを入れてぶらぶら遊びながらと(い)う事を思いついたのは、(その)前日の全く偶然な出来心でそうあった。直子は夕方の明るく暮れ行く西の空に、明日の晴れやかな秋日和を想像して左様(そう)しようと思った。
「それが(よ)い。展覧会は込むだろうから朝早くに出掛けて、すんだら上野から何処(どこ)か静かな田舎に行く事にしよう。」とそう思うと、A 誠に物珍らしい楽しい事が急に湧いたような気がして、直子は遠足を待つ小学生のような心で明日を待った。
あけの日は何時もより早目に起きて、海苔(のり)を巻いたり焼き結飯(むすび)(つく)ったり「女中(注2)」を相手に忙しく立ち働いた。支度が出来ていよいよ籠に詰め終った時には、直子はただ訳もなく嬉しく満足であった。菓子も入れた。無くてはならぬものと思った柿も、きざ柿の見事なのを四つ五つ入れた。提げて見ると随分重かった。
「それをみんな食べて来る気かい。」
と云って家の人々は笑った。
上野の山は(か)なり久しぶりであった。直子は新らしい帽子、新らしい前掛けに可愛らしく装われた子供の手を引いて、人気の(ま)れな朝の公園の並木道を竹の台の方へ歩いて行った。小路(こみち)這入(はい)ると落葉(おちば)が多かった。灰色、茶色、鈍びた朱色、種々な木の葉の(やや)焦げた芝の縁や古い木の根方などに(から)びつつ集まっているのが、歩みの下にさくさくと鳴るのも秋の公園の(みち)らしかった。其処(そこ)此処の立ち木も大抵葉少ななあらわな姿になって、園内は遠くの向うまで明るく広々と見渡された。その葉のない(さび)しい木の枝に大きな嗚が来て、ぽっつりと黒く留まってるのが‘町中の屋根の端なぞにたまたま見るものなどよりもずっと大きく、ずっと黒く、異様な鳥のように直子の目に映った。その鴉が枝からかァかァかァと鳴いて立つと、子供も

 

「かァかァかァ。」

 

と云って口真似(まね)をした。女中もその度に子供と一緒にかァかァかァと真似をした。両大師前の路を古びた寺の土塀に添うて左に(まわ)ると、急に賑やかな楽器の音が聞えて並木―つ越した音楽堂の前に大勢の人だかりが見えた。何処か小学校の運動会と見えて赤い旗などをくも手に引き廻した中に、沢山な子供の群れがいた。近づいて見ると本郷区何々と染めぬいた大きい赤旗が立って、長方形に取り囲まれた見物人の人垣の中に今小さい一群れの子供が遊戯を始めているところであった。赤旗の下にある一張りの白いテントの内からは、ピアノ音がはずみ立って響いた。くたびれて女中に(おぶ)さった子供は、初めて見る此珍らしい踊りの群れを、(ア)(あ)っけに取られた顔をして熱心に眺めた。直子も何年ぶりかでこんな光景を見たので、子供に劣らぬもの珍らしい心を(もつ)て立ち留まって眺めていたが、五分(ばか)りも見ている間に、ふと訳もない涙が上瞼(うわまぶた)の内から熱くにじみ出して来た。訳もない涙。直子はこの涙が久しく癖になった。何に出る涙か知らぬ。何に感じたと気のつく前に、ただ流れ出る涙であった。なんでもない朝夕の立ち居の間にも不図(ふと)この涙におそわれる事があった。子供に乳房を与えながら、その清らかなまじめな瞳を見詰めている内に(あふ)るる涙のとどめられなくなる時もあった。可愛いと云うのか、悲しいと云うのか、美しいからか、清らかな故にか、なんにも知らぬ。今目の前に踊る小さい子供の群れ、秋晴(あきばれ)の空のま下に、透明な黄色い光線の中をただ小鳥のように魚のように、手を動かしたり足をあげたりしている、ただその有様が胸に沿むのである。直子はそんな心持から女中の肩を乗り出して眺め入ってる自分の子供を顧みると、我知らず微笑まれたがB この微笑の底にはいつでも涙に変る或物が沢山隠れているような気がした。
此涙の後に(うか)ぶ、いつもの甘い悲しみを引いた安らかな心は、落ち着いて絵を見て歩りくのに丁度(ちょうど)適した心持ちであった。こう云うと一っぱし見る目のついた人のようだけれども、直子は本統(ほんとう)(え)の事などは何にも知らぬのである。ただ好きと云う事以外には、家で画の話を聞く機会が多いと云う事以外には、画の具の名さえ(くわ)しくは知らぬ素人である。「陳列(注4)」替えになった三越を見に行くのと余り大した違いのない見物人の一人である。家を出る時、子供連れで初めから一枚一枚丁寧に見て行っては大変だから、余り疲れぬ内に西洋画の方に行けと云いつかっていたから、直子は其言葉に従って最初の日本画の右左に美しい彩色の中を通りぬけて奥の西洋画の(へや)に急いで行こうとした。其間にも非常に画の好きな此二つの自分の子供が、朝夕家の人々から書いて貰う、(はと)の画、犬の画、猫の画、汽車の画などの粗い鉛筆画に引き代えて、こうした赤や青や黄や紫やいろいろな画の具を塗った美しい大きな画を、どんな顔をして眺めるだろうか、と云う事に注目する事は怠らなかった。子供は女中の背中からさもさも真面目な顔つきをして左右の絵の壁を眺め廻した。そしてたまたま自分の知った動物とか鳥とか花とかの形を見出した時には、非常に満足な笑い方をしたが、彫刻の並んだ明るい広い室に這入った時に、女の裸体像を見つけては、

 

「おっぱい、おっばい。」

 

とさも(なつか)しそうに(ゆびさ)しをするのには直子も女中も一緒に笑い出した。まだ朝なのでこうした戯れも誰の邪魔にもならぬ(くら)い入場者のかげは乏しかったのである。どの室もひっそりとして寂しく、高い磨りガラスの天井、白い柱、棕梠(しゅろ)の樹の暗緑色の葉、こう云うものの間に漂う真珠色の柔らかい(いぶ)したような光線の中に、絵画も彫刻も、暫時うるさい「品定め」から免れた(よろこ)びを歌いながら、安らかに休息してるかのように見えた。「瓦焼き」の前に来た時‘直子は此画に対して聞かされた、当て気のない清らかな感情の溢れている、円満な真率な矢張り作者の顔の(のぞ)いてる画、と云う様な批評の声を再び思い(おこ)して見た。(しか)して彼の(あお)い海から、二つの「瓦釜(注5)」から、左側の草屋根から、其前に働く男から、路ばたの子供から、花畑の(あか)い花、白い花から、これらすべての上に(みなぎ)る明るい暖かそうな日光から、その声を探って見て決して失望はしなかった。けれども一二十分程前会場の前の小さい踊りの群れを見た時のような(あや)しい胸のせまりはなかった。ただ安らかに気持ちよく見られた。そして不図先日仏蘭西(フランス)から帰った画家が持って来て主人の書斎の壁にピンで止めたシャヴァンヌの「芸術と自然の中間」とか云う銅版画を思い出した。「幸ある朝(注7)」の前に立った時には、直子はいろいろ取り集めたような動揺した感情の(もと)にあった。けれどもそれは其画とは全く関係のない事で、ただ其画家と其義妹(いもうと)にあたる直子の古い学校友達との間につながる無邪気な昔話であった。其友達は淑子さんと云って直子などよりも二級上にいた姉さん分であったけれども、同じ道筋の通学生で、親しいお仲間であった。数学の飛び抜けて(うま)い人だったので、直子などの二三人の出来ない連中は、少し面倒な宿題でも出ると、もう考えるより先に淑子さんに頼んで解いて貰っては、それをめいめいのノートに写して行った。少し頑固な点のある位し(イ)生(き)一本なので、時とすると衝突して喧嘩(けんか)をした。そんな時にはむきになってまっ青な顔をして怒る人であった。それでも正直な無邪気な方なので直ぐ仲直りは出来た。
話は(あ)る暑中休暇の事であった。そう云う風な三四人の友達がよって、午前(だ)けいろいろな学科の復習をしたり、編み物をしたり、又新らしい書物を読んだりする小さい会のようなものを椿って、二週間許り有益な楽しい日を作り度いと云う相談が出来た。勿論(もちろん)淑子さんも其お仲間の(つも)りでいると、

 

「私は駄目よ。」

 

と云う意外な申出(もうしい)でに皆んな当てが外れた。
「淑子さんが這入って下さらなくちゃ何にも出来なくなるわ。避暑にでも入らっしゃるの。」
と聞くと、
「左様じゃないんですけども、この夏は午前だけ是非用事があるんですもの。」
と云ってどうしても聞き入れないので、
(はな)ッからそんな方が出ては屹度長続きはしないから、いっそ止めましょうよ。」
とおしまいにはこんな(ウ)あてつけがましいお転婆を云って止めてしまった。その日一緒につれ立って帰る時、淑子さんは直子に(むか)って、
「私全く困ったわ。みんな怒ったでしょうねえ。でもこれからお休みになると毎日義兄(あに)の家に通わなくちゃならない事があるんですもの。」
と云った。義兄と云うのはこの画家の事であった。直子は油画でも始めるのかと「もって(注8」)尋ねて見ると、
「まさか。」
とにやにやして、
「今に秋になれば(わか)る事。」
と謎のような言葉を残して別れた。暑中休暇がすんで秋になって、おいおい画の季節が来た時「白馬(注9)」会が(ひ)らけた。直子の友達仲間は例になって毎年淑子さんから貰う招待券でみんなして行って見ると驚いた。淑子さんが画になっているのであった。確か「造花」とか云う題であったと思う。大きな模様の浴衣を着た淑子さんが椅子に腰かけて、何か桃色の花を拵ってる処の画なのであった。みんな会話の時などを思い(あた)った。そして出し抜かれたような、珍らしい賑やかな心持ちになって淑子さんを探すと、今まで傍にいた人が遠くの向うの室に逃げて此方を見てにこにこ笑って立っていた。直子は今「幸ある朝」の前に立って丁度その頃の事がいろいろ思い出されたのであった。淑子さんはそれから卒業すると間もなくお嫁に行って、そして間もなく亡くなられた。今はもうこの世にない人である。(かれ)「造花」の画のカンヴァスから(こ)のカンヴァスの間にはかれこれ十年近くの長い日が挟まっているのだけれども、ちっともそんな気はしない。ほんの昨日の出来事で、今にもあの快活な紅い頬をしたお転婆な遊び友達の群れが、どやどやと此室に流れ込んで来そうな気がする。そして其中に交じる自分は、ひとり画の前に立つ此自分ではなくって全く違った別の人のような気がする。直子はその親しい影の他人を正面に見据えて見て、笑い度いような冷やかしたいような且憫(かつあわれ)み度いような気がした。而してふり返る度にうつる過去の姿の、如何にも価なく見すぼらしいのを悲しんだ。直子はCこうした雲のような追懐に封じられてる内に、突然けたたましい子供の泣き声が耳に入った。驚いて夢から覚めたように声の方に行くと向うの室の棕梠の(かげ)に女中に抱かれて子供は大声をあげて泣いている。如何したのかと思ったら、「あの虎が(こわ)いってお泣きになりましたので。」
と女中は(注10)不折(ふせつ)」の大きな画を見ながら云って、
「もう虎はおりません。あちらに逃げて仕舞いました。」
となだめすかした。直子は急に(たま)らなく可笑(おか)しくなったが子供は矢張り、
「とや、とや。」
と云って泣くので、
「じゃもう出ましょう。虎うううが居ちゃ大変だからね。」と大急ぎで出口に廻った。

 

(注) 
1 文部省の絵の展覧会ーーー 一九〇七年に始まった文部省美術展覧会のこと。日本画・洋画・彫刻の三部構成で行われた。

 

2 女中ーーー ここでは一般の家に雇われて家事手伝いなどをする女性。当時の呼び名。

 

3 きざ柿ーーー 木についたまま熟し、甘くなる柿。

 

4 陳列替えになった三越ーーー 百貨店の三越は、豪華な商品をショーケースに陳列し、定期的に展示品を替えていた。

 

5 瓦釜ーーー 瓦窯。瓦を焼くためのかまど。

 

6 シャヴァンヌーーー ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ(一八二四~一八九八)。フランスの画家。

 

7 「幸ある朝」ーーー 絵の題名。藤島武二(一八六七~一九四三)に同名の作品がある。この後に出てくる「造花」も同じ。

 

8 もってーーー 「思って」に同じ。

 

9 白馬会が開らけたーーー 白馬会は明治期の洋画の美術団体。その展覧会が始まったということ。

 

10 不折ーーー 中村不折(一八六六~一九四三)。日本の画家・書家。

 

 

問 1 傍線部(ア)~(ウ)の本文中における意味として最も適当なものを、次の各群の①~⑤のうちから、それぞれ―つずつ選べ。解答番号は

 

問 2 傍線部A「誠に物(めず)らしい楽しい事が急に湧いたような気がして」とあるが、それはどういうことか。その説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから―つ選べ。解答番号は

 

① この秋はそれまでの数年間と違って体調がよく、籠を持ってどこかへ出掛けたいと考えていたところ、絵の鑑賞を夫から勧められてにわかに興味を覚え、子供と一緒に絵を見ることが待ち遠しくなったということ。

 

② 長い間患っていた病気が治り、子供も自分で歩けるほど成長しているので一緒に外出したいと思っていたところ、翌日は秋晴れのようだから、全快を実感できる絶好の日になるとふと思いついて、心が弾んだということ。

 

③ 珍しく秋に体調がよく、子供とどこかへ出掛けたいのに行き先がないと悩んでいたところ、夫の話から久しぶりに絵の展覧会に行こうとはたと思いつき、手頃な目的地が決まって楽しみになったというこ。

 

④ 籠を持って子供と出掛けたいと思いながら、適当な行き先が思い当たらずにいたところ、翌日は秋晴れになりそうだから、展覧会の絵を見た後に郊外へ出掛ければいいとふいに気がついて、うれしくなったということ。

 

⑤ 展覧会の絵を早く見に行きたかったが、子供は退屈するのではないかとためらっていたところ、絵を見た後にどこか静かな田舎へ行けば子供も喜ぶだろうと突然気づいて、晴れやかな気持ちになったということ。

 

 

問 3 傍線部B「この微笑の底にはいつでも涙に変(かわ)る或物(あるもの)が沢山隠れているような気がした」とあるが、それはどういうことか。その説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから―つ選べ。解答番号は

 

① 思わずもらした微笑は、身を乗り出して運動会を見ている子供の様子に反応したものだが、そこには病弱な自分がいつも心弱さから流す涙と表裏一体のものがあると感じたということ。
② 思わずもらした微笑は、小学生たちの踊る姿に驚く子供の様子に反応したものだが、そこには無邪気な子供の将来を思う不安から流す涙につながるものがあると感じたということ。

 

③ 思わずもらした微笑は、子供の振る舞いのかわいらしさに反応したものだが、そこには純真さをいつまでも保ってほしいと願うあまりに流れる涙に結びつくものがあると感じたということ。

 

④ 思わずもらした微笑は、幸せそうな子供の様子に反応したものだが、そこにはこれまで自分がさまざまな苦労をして流した涙の記憶と切り離せないものがあると感じたということ。

 

⑤ 思わずもらした微笑は、子供が運動会を見つめる姿に反応したものだが、そこには純粋なものに心を動かされてひとりでにあふれ出す涙に通じるものがあると感じたということ。

 

 

問 4 傍線部C「こうした雲のような追懐に封じられてる」とあるが、それはどういうことか。その説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから―つ選べ。解答番号は

 

① 絵を見たことをきっかけに、淑子さんや友人たちと同じように無邪気で活発だった自分が、ささいなことにも心を動かされていたことを思い出した。それに引きかえ、長い間の病気が自分の快活な気質をくもらせてしまったことに気づき、沈んだ気持ちに陥っている。

 

② 絵を見たことをきっかけに、淑子さんをはじめ女学校時代の友人たちとの思い出が次から次へと湧き上がってきた。当時のことは鮮やかに思い出されるのに淑子さんはすでに亡く、自分自身も変化していることに気づかされて、もの思いから抜け出すことができずにいる。

 

③ 絵を見たことをきっかけに、親しい友人であった淑子さんと自分たちとの感情がすれ違ってしまった出来事を思い出した。淑子さんと二度と会うことができなくなった今となっては、慕わしさが次々と湧き起こるとともに当時の未熟さが情けなく思われて、後悔の念に胸がふさがれている。

 

④ 絵を見たことをきっかけに、女学校の頃の出来事や友人たちの姿がとりとめもなく次々に浮かんできた。しかし、すでに十年近い時間が過ぎてしまい、もうこの世にいない淑子さんの姿がかすんでしまっていることに気づいて、懸命に思い出そうと努めている。

 

⑤ 絵を見たことをきっかけに、淑子さんが自分たちに仕掛けたかわいらしい謎によって引き起こされた、さまざまな感情がよみがえり、ふくれ上がってきた。それをたどり直すことで、ささやかな日常を楽しむことができた女学生の頃の感覚を懐かしみ、取り戻したいという思いにとらわれている。

 

 

問 5 本文には、自分の子供の様子を見守る直子の心情が随所に描かれている。それぞれの場面の説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから―つ選べ。解答番号は

 

① 子供が歩き出すことを直子が想像したり、成長していたずらもするようになったことが示されたりする場面には、子供を見守り続ける直子の心情が描かれている。そこでは、念願だった秋のピクニックを計画する余裕もないほどに、子育てに熱中する直子の母としての自覚が印象づけられている。

 

② 「かァかァかァ。」と鴻の口まねをするなど、目にしたものに子供が無邪気に反応する場面には、子供とは異なる思いでそれらを眺める直子の心の動きが描かれている。そこでは、長い間病床についていたために、ささいなことにも暗い影を見てしまう直子の不安な感情が暗示されている。

 

③ 運動会の小学生たちを子供が眺める場面には、その様子を注意深く見守ろうとする直子の心情が描かれている。そこでは、直子には見慣れたものである秋の風物が、子供の新鮮な心の動きによって目新しいものになっている様が表されている。

 

④ 初めて接する美術品を子供が眺めている場面には、その反応を見守ろうとする直子の心情が描かれている。そこでは、美術品の中に自分の知っているものを見つけた子供が無邪気な反応を示す様を、周囲への気兼ねなく楽しむ直子ののびやかな気分が表されている。

 

⑤ 「とや、とや。」と言って子供が急に泣き出した場面には、自分の思いよりも子供のことを優先する直子の心の動きが描かれている。そこでは、突然現実に引き戻された直子が、娘時代はもはや遠くなってしまったと嘆く様が表されている。

 

 

問 6 この文章の表現に関する説明として適当でないものを、次の①~⑥のうちから二つ選べ。ただし、解答の順序は問わない。解答番号は

 

①  語句に付された傍点には、共通してその語を目立たせる働きがあるが、1行目「あんよ」、24行目「あらわ」のように、その前後の連続するひらがな表記から、その語を識別しやすくする効果もある。

 

② 22行目以降の落葉や46行目以降の日本画の描写には、さまざまな色彩語が用いられている。前者については、さらに擬音語が加えられ、視覚・聴覚の両面から表現されている。

 

③ 38行目「透明な黄色い光線」、55行目「真珠色の柔らかい燻したような光線」のように、秋晴れの様子が室内外に差す光の色を通して表現されている。

 

④  43行目「直子は本統(ほんとう)は画の事などは何にも知らぬのである」、44行目「画の具の名さえ委しくは知らぬ素人である」は、直子の無知を指摘し、突き放そうとする表現である。

 

⑤  55行目「暫時うるさい『品定め』から免れた(よろこ)びを歌いながら、安らかに休息してるかのように見えた」は、絵画や彫刻にかたどられた人たちの、穏やかな中にも生き生きとした姿を表現したものである。

 

⑥ 直子が、亡くなった淑子のことを回想する68行目以降の場面では、女学生時代の会話が再現されている。これによって、彼女とのやり取りが昨日のことのように思い出されたことが表現されている。

 

 

 

設問 解答番号 正解 配点
1 12 1 3
13 2 3
14 1 3
2 15 4 7
3 16 5 8
4 17 2 8
5 18 4 8
6 19-20 4-5 10(各5)

 

 

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